福岡高等裁判所 昭和29年(う)629号 判決 1954年8月04日
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金二万円に処する。
右罰金を完納できないときは金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
原審並当審の訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
弁護人久保田源一が陳述した控訴の趣意は弁護人石坂繁提出の同趣意書に記載の通りであるから、これを引用する。
同第一点について、
論旨は被告人とA間に性交の行われた事実自体を否定するものであるが、原審並当審証人Aの証言に原審証人B、C、D、の各証言を綜合すると判示の時所において前記両名間に性交の行われた事実はこれを動かし得ない。当裁判所もA証人の証言の細部に亘るまでこれを信用するものではないが(夫に対する自己の立場を取繕う為性交に当り、相手方の暴力を不当に誇張し、性交が不可抗力に基くものである旨強調し過ぎていると思われる節がある)妻たる同証人が本件後間もなく夫Bに被告人との性交を自白している事実のみに鑑みるも同女の証言中被告人との情交の点に付いてはこれを信用し得る。又前示他の証人の証言も決して所論のように信憑性の薄いものとは解し得ない、却つて被告人の供述こそ前記各証拠に照らし到底信用できない。
同第二点について、
論旨はその根底において男女間の性交は和姦でなければ、強姦、強姦でなければ和姦だとの割切つた観念を暗黙の前提としている様に解せられる。しかしながら情意投合による所謂和姦の場合は暫らく措き、暴行を手段とする性交の場合でもその総てが強姦罪を構成するものではない。強姦罪の構成要件である暴行はその程度が相手方の意思の自由を奪うか又は抵抗を排除するに足るものであることを要すること勿論であつて、従つて手段たる暴行が右の程度に至らない場合には強姦罪は成立しない。唯かかる場合にも手段たる暴行、目的たる性交は一連の行為として暴行罪の構成要件である暴行に当ることは相違ないところであるから同罪の成立することは疑のないところであり、性交によつて病毒を感染せしめた場合傷害罪の成立することも勿論である。又傷害罪は所謂結果犯であるから後段の場合性交により自己の病毒を相手方に感染せしめた客観的事実が存在する以上事前に感染の危険性を認識していなかつたとしても素より傷害罪の罪責を免れることはできない。
本件について、これをみるに前示A証人の各証言と原審及当審の検証の結果を綜合すれば被告人は強姦罪の構成要件である暴力の程度には至らないが、原判決摘示の如き暴行(検証の結果右Aにおいて本件犯行の現場に連行される途中抵抗により又は近隣の救を求めることにより被告人から離脱することは可能であり、又現場においても女において相当な抵抗をしたとすれば被告人においても決して性交の目的を遂げ得なかつたものと認められる)により性交を遂げたことを認め得べく、又その結果同女に対し原判決認定のような傷害を加えたことは同女の供述、医師本田貞雄の同女に対する診断書並証明書、原審における被告人の淋病の痼疾を有し屡々医師の治療を受けたことがある旨の供述、検察事務官作成に係る証人田上憲雄の供述調書並本件犯行の日時とAの発病の日時とを彼是綜合考量してこれを認むるに十分であつて、右認定を左右するに足る証左はない。そうだとすれば仮に所論のように被告人は当時淋疾は治癒していたと信じ従つて病毒感染の危険性を認識していなかつたとしても、傷害罪の成立に何等欠くるところはない。そうだとすれば同一理論により被告人を傷害罪に問擬したものと認められる原判決には所論のような違法はない。
三、次に職権で調査すると本件については被害者にも相当の落度があるやに思料せられ従つて被告人に対し懲役六月の言渡をした原判決には量刑不当の違法がある。
原判決はこの点において破棄を免れない。
よつて、刑事訴訟法第三百九十七条、第四百条但書を適用し原判決を破棄し、次の通り自判する。
原判決が認定した被告人の判示所為を法律に照らすと刑法第二百四条罰金等臨時措置法第二条、第三条に該当するので所定刑中罰金刑を選択し所定罰金額の範囲内で被告人を罰金二万円に処し、右罰金不完納の場合における換刑処分に付、刑法第十八条、訴訟費用の負担に付、刑事訴訟法第百八十一条第一項を適用し、主文の通り判決する。
(裁判長判事 下川久市 判事 青木亮忠 鈴木進)